「夏の熾火」の最後の取材

机の前でパソコンと向き合っていると、頭が凝ってくるらしい。連休の最終日から三日間ぶらり京都の町をバスと地下鉄と歩きで、出来るだけ人の少ないところを回った。但し「夏の熾火」で、最後の確認をしたかった「大徳寺」は外せない。
今回口に入れるものは、ホテルの朝食、コンビニ、京都の人達の行くラーメン屋、うどん屋、大衆食堂、デパートには出店していないお菓子屋さんなどです。まあとにかく歩きました。一日3万歩、4万歩ほど、京都安上がりの歩きの旅と云うことです。

まずは京都国立博物館「桃山時代の狩野派」を見学。余り混んでいなかった。展示物はそれなり。一番感心したのは狩野派がどうやって時代を生き抜き、常にトップランナーとして生き抜いたかという視点はよかった。
ロダンの考える人、ツツジの満開を背に正面を撮影。

そこから川端正面の交差点をはさんで甘春堂本店の斜め向かいの歩道を歩く。「元和(げんな)キリシタン殉教の地」という石碑がぽつんとあった。
日本のキリシタン殉教史において「大殉教」は3つ。「長崎の大殉教」(1622年)、「江戸の大殉教」(1623年)、そして「京都の大殉教(元和キリシタン殉教)」(1619年)。それがここ。犠牲者の数は、それぞれ、長崎が55名、江戸は51名、そして京都の大殉教が52名。「京都の大殉教」は、日本三大殉教の中で最も早く、さらに日本における幼児の殉教として、歴史的にも非常に意味合いの大きい事件である。
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この後、東と西の本願寺迄歩く。何度も寄っているが、家康の宗教政策によって東と西へ分離。宗教とは人間にとって、まことに難しい。
東と西の売店には、有名作家やタレントのエッセイ本、東と西の本願寺に帰依した「タレント」PRパンフがうっとうしい。全国の信者がその作家の本を購入すれば、売り上げは安定。しかし、それでは作家の批判精神に反するのではとの危惧はある。
まあタレントは人気商売、自分の顔姿をあらゆる所に露出しなければ人気は維持できない。創価学会のタレント然り。世間とはこんなものだと思うこと頻り。
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さて帰り道、「何だ?」と云うのがこの写真。一般にはとい【樋】トヒ。しかし「トユ」。誤記かと思ったら、広辞苑に「屋根を流れる雨水を受けて地上に流す溝状・筒状の装置。とゆ。とよ。雨樋。→呼樋(よびどい)」とあった。関西以西では「トユ」とも言うらしい。文化の違いだ。
五條の裏通り、やっと見つけたおはぎの店は本日休み。生麩の店は3時まで。次回訪京
までお預けとなった。
大徳寺と京人の好む味のお話などは次回……。2015年5月12日

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