「言挙げぞする」と桜の経年劣化 VOL.38
定点観測3A毎年続けている桜の定点観測。今年は開花が早い。早咲きの躑躅早咲きのツツジ。河津櫻河津桜。大島桜と寒緋桜の自然交雑種であると推定されている。

「言挙げぞする」の最終校正の息抜きに、近くにある遊歩道の桜を見に行った。今年は例年より開花が早く、あっという間に満開になってしまった。しかしここ数年、桜の花びらが色褪せ、白っぽくなって本来の張りのある色が薄くなり劣化しているように思える。
我々が目にする桜の8割は、ソメイヨシノといわれる品種で、手入れを怠ると60年ほどの樹齢だという説もあり、近年、代替品種への植え替えが行われている。
ソメイヨシノは、江戸時代末期に江戸染井村(現在の東京都豊島区)の植木屋が「吉野桜」と称して売り出した、200年に満たないサクラである。
日本人に長く親しまれている山桜に比べると、ソメイヨシノはサクラ界の新参者である。
明治維新後の新政府は、「廃仏毀釈」をはじめとして、徳川時代から続く様々な体制を排除した。
あろうことか桜の名所にあった山桜は、政府の意向で新しく登場したソメイヨシノに植え替えられ、あっという間に全国に広まった。
もともと人が接ぎ木をして作ったソメイヨシノ。植えられて40年経ったころから弱り始め、何も手を掛けずにいれば衰退はいっそう進み、60年を過ぎると経年劣化が早まり、無残な姿になってしまうという。
戦後、公園や遊歩道に植えられたソメイヨシノは、私の感覚を俟つまでもなく、明らかに花びらが、白っぽくなっている。ソメイヨシノは単一クローンであるため、全ての株が同一に近い特性を持ち、突然変異以外に新しい耐性を獲得する可能性はなく、害虫による食害、環境による樹勢低下など一斉にその影響が現れる。山桜のように力強くないのである。
ソメイヨシノの劣化現象は、明治維新以来、あるいは敗戦後、歴史観や宗教観を、根本から精査することを怠ってきたツケが廻った我々日本人の有り様と驚くほど相似している。
自然種の山桜(吉野桜)、大山桜、大島桜などは、樹齢が長く、江戸彼岸桜などは、樹齢2,000年、1,500年など、いきいきと大地に根を張っている巨木もある。
人為的に作られた、ソメイヨシノはひと言で言えば「非常にひ弱」なのだ。自然種のように厳しい環境で根を張って自生することができない。「生きる」厳しさに耐えられないのだ。
「桜の劣化が、大変なことになっている」と騒ぐのも大切だが、自分自身の近視眼的な歴史観や宗教観をしっかりと見直すことが先決で、「その後に桜の心配をせよ」と言いたい。
現代社会では、大学受験・就職と、20代30代前半で全ての勝ち負けが決まる硬直的なシステムになっている。これは官僚システムに著しい。しかし実社会での体験を経て、本質的な勉強が必要だとわかるのは30代後半から40代なってからなのだ。その時期に、ハウツーに陥らずに、物事の本質を学び精神の土台を自分自身で学んでおかないと困ったことになる。
日本人の平均寿命は、男性が80.98歳、女性は87.14歳となり、健康寿命は男性が72.14年、女性が74.79年。寄って立つ「足場」を養生しなければ、ソメイヨシノのように、受身でただ生きているだけとなってしまう。老後は長い。まして我々人間は、確たる「生死観」を持たないと、精神の荒廃した悲惨な老後が待っている。最低限の経済保障、身体的な健康は勿論だが、自分で考え納得できる「生死観」、生き方を掴まないことには不安が増殖するばかりである。
拙著、「言挙げぞする」をお読みいただければ、今貴方に何が必要か、その覚悟のあり方も含めて、皆様のお役に立てると信じている。
                               2018.4.3 春吉省吾

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